新NOBUNOBU写真談

1枚の写真からの四方山話

惨禍

20180716-01.jpg
#001


平成30年7月西日本豪雨。

また、大きな自然災害が発生してしまいました。

命を落とされた方々のご冥福をお祈りいたします。
また、困難、苦難な状況にある方々に、心よりお見舞い申し上げます。


中国四国地方を中心に、広範囲に亘る多大な被害状況を見聞し、

能天気に趣味のブログなぞを記すこと、それにひっかかるものがあって、
更新を休んでおりましたが、

心の整理もつけて、ボチボチ、キーボードに向かうこととしました。

あらためますが、今なお、惨禍による困難な状況にある方々には、
心よりお見舞い申し上げます。



前置き長くなりましたが、さてさて再開。

再開にあたり選んだカットは、

小田川の堤防決壊で大きな被害の出た真備地区に程近い、

福塩線の懐かしいパチリ。


戦前製の旧国に、阪和線から都落ちした70系がとってかわった頃。

高屋川の橋梁でのパチリと思いますが、

現在も、この区間は不通で、早期の復旧を祈念しております。





さてさて、で、ここからは、今回の惨禍での、思いっきり鉄道趣味人的話題。



日本の物流の大動脈、山陽本線が、今回、復旧まで一定の期間を要するようで、

これには経済的な影響も結構あるのではとも思うのですが、


これが、まだ鉄道が物流の王者だった時代の名残があった頃まで、

まぁ、動力近代化が完了した直後ぐらいまでだったら、

鉄道貨物の迂回輸送が行われたことでしょうね。


近畿~九州をつなぐべく、山陽の貨物を、山陰本線を使って、

迂回貨物列車が運行される…


まだ残る設備、線路容量を最大限使って、

DD51、54、DF50なぞの機関車を総動員して…


いや、それに加えて、他区に新製配置予定だったDD51を仮配置でまわしたり、

全国から応援の機関車なぞをまわすとか…


あの頃だったら、

山陽本線が長期不通ともなれば、そんなことが起こっていたかも… なんて。



そんな妄想をするのですが、

極限まで設備を削ってしまった現代では、

そんな話は夢のまた夢。


実際、そんな話の「は」の字もありませんね。


非常時の為に、設備の削減も程々に…

こんなことを思うと、やはり流通網は「ネットワーク」が大事だと再認識させられます。



なんでもかんでも、経済的合理性、特に単なる直接的な収支だけで存続を判断するのは、

いい加減ヤメにすべきかと。


いまの時代、鉄道は、大都市部以外では儲かる事業ではありません。


道路や港湾、空港などと同様に、

公共財として、税金を使っての維持管理を前提に、

必要性の是非を議論しないといけない時代かと思います。


鉄道だけを特別扱いはもうやめにしましょう。



長々、記してきましたが、最後に…


今回の惨禍で不通となった鉄道路線の、いち早い復旧を願っております。

中国地方の山間部は大丈夫でしょうか… JR西日本…



■#001
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  1. 2018/07/16(月) 03:22:12|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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再掲

20180225-01.jpg
#001


以前アップした、

約40年前の鹿児島市電上町線、長田町電停でのスナップ。



安物ポンコツスキャナーのせいで、以前アップしたパチリは、

光ムラが激しかったので、


すこし画像をいじって調整したので、再掲してみた。

少しは見られるようになったかも。



時は昭和50年代、当時は何気なくスナップしていたんだと思うのだけれども、

上町線はすでに廃止されていて、今は無い。


で、綺麗にしてみたついでに、

この場所をグーグルアースで見てみたら、


なんとまぁ、

左奥の木造の建物は、ほぼそのまま、

まだ残っていたからビックリしてみたり。


この時点で、結構年季が入った風情なのに、

まだあるとは…



ちなみに、右側の、味わいのある雑貨屋さんは、

残念ながら跡形も無かった…


とパッと見、思ったのだけれども、

よくよく見てみると、

すっかり小奇麗にリフォームされているけれども、

切妻二階建てで、窓や店の入口などの配置がまったく同じ建物が、

しっかり残ってた。


ここの交差点の風景は、

まったく別の風景になっているのだけれども、

これには結構驚く。






ところで、

今頃この写真を綺麗にして、わざわざ再掲した訳は、


こんな何気ないスナップでも、

約40年経過すれば、立派な記録になるということを、

自分に教えてくれていて、

それを忘れないと、自戒をこめて…



過去はどうしようもないけれど、

今現在も、

何気ない、だけど実は大切な鉄道情景を、

沢山見落としているんだろうな、きっと…



■#001
詳細不明

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  1. 2018/02/25(日) 02:57:39|
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今年も1年、ありがとうございました

20171231-01.jpg
#001


ご無沙汰しております。
相変わらず、撮影はお休み中です。

ボウリングは、どこかのデンシャみたいに、
よる年波に対応すべく、更新改造中。

これで、あと10年は大丈夫になるか…(笑)



1年の最後の日、
これまでも例年色々なパチリや、1年のまとめ記事なぞを記してきましたが、

今年は、「原点を見つめなおす」意味をこめて、

昭和54年7月の、SL山口号試運転中のパチリなぞを。

8月からの本運転をひかえ、事前に試運転していた時のパチリで、
ピカピカのC571に、まだヘッドマークがついていない。


このとき自分は、高校生で、

自宅にあった一眼レフから自分専用の一眼レフを手に入れて、
鉄道写真に気合を入れてパチリし始めた頃。
そして、毎日毎日、せっせせっせとモノクロフィルムを暗室で現像、プリントしていた頃合。

まだまだ技術もへったくれもない時でしたが、
ただただ列車をパチリしたい…

そんな感じだったように記憶しています。

中学、高校生の間は、
国鉄の旧型国電にはまっていて、
関東以西の旧型国電は、ほぼすべて撮り歩いていました。

少し前にSLブームが起きていて、
それには少し遅れた世代…

その後ブルトレブームとかもありましたが、

そこには目もくれず、

戦前戦後の時代を乗り切って、1台1台の形状に違いがある、
旧型国電にはまっていました。

それは、同じような個性があるSLにも通じるものがあったからなんでしょうかね。



そんな時代を思い返しながら、

人間、数十年生きてきて、

今はパチリのメインテーマは、


「鉄道情景にかかわる光」


です。



列車から、情景、そして相手も「光」になりましたが、

鉄道のある情景ははずせない。



2017年も、皆様のお声に助けられ、
ブログを継続できました。

あらためて御礼申し上げます。

ありがとうございます。


また来年も、相変わらずのマイペースですが、
上記テーマで、皆様に拙作をお届けする予定です。


では、皆様、よいお年を!



■#001
詳細省略じゃなくて不明(なんとなくは覚えてるけれども…笑)

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  1. 2017/12/31(日) 21:32:49|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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ヌシ

20160723-01.jpg
#001


白黒のカラー化サイトを利用した、

お手軽色付けパチリ、2記事目。



前回、身延線の西富士宮のスナップだったので、

「身延線らしい」をキーワードにチョイスしてみた、

懐かしいパチリ。



どこが身延線らしいか… って、

そりゃ、写っているデンシャが、

身延線のヌシ、クモハユニ44だから。




関西の私鉄が、

やたら立派で俊足のデンシャを次々登場させて、

それに鉄道省として対抗すべく登場した42系の一族なのに、

なぜか、合造車のモハユニ44だけは、

関東は横須賀線に配置。


かの大戦では、

仲間の1両が戦災で廃車。


残りは、混乱を生き延びて、

戦後は、関西の本家筋の仲間の一部も横須賀線にやってきて、

同族の出会いを果たすも、

その後は都落ちして、

分かれて地方のローカル線へ。


最後は全車が身延線に集結して、

身延線でしか見られない、

身延のヌシだった。


そんなデンシャ。


戦前製の旧型国電の魅力のひとつは、

一両一両に、様々な歴史があって、

特に、さきの大戦を乗り越えて、

様々な線区を走ってきた、


そこに、紆余曲折が大概あって、

苦難の人生さながら…


そんな歴史を抱えている… そんなところ。




そういえば、話は変わるけれども、

国鉄の客車や気動車には、

戦後も郵便・荷物と旅客の合造車は新製されたけれども、

電車は戦後の合造車の新製は全然ないような。


改造でもクモハユ74ぐらいしか思い浮かばないけれども、

それも、実際に「合造車」としては使われず、


結局、国鉄の電車で、戦後は、

実質、郵便・荷物合造車は作られなかった。


そんな訳で、

国鉄の路線を走る、

郵便・荷物合造電車として、

クモハユニ44のような、戦前製の合造車には、

形態的な面白さがあった。



郵便・荷物の鉄道輸送が終焉した現在とは、

隔世の感が強い。

遠い目…




■#001
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  1. 2016/07/23(土) 12:23:37|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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カラー化

20160713-01.jpg
#001


リンクをいただいている、

くろくま先輩のブログほかで、

最近、自動カラー化のサイトが流行しているようで、

自分もやってみた。


残念ながら、自分の手元には現役蒸気のモノクロネタはなく、
(山口線の復活試運転、HMなしならありますが…)

先日まで、身延線記事をアップしていたので、

その昔の身延線、西富士宮駅でのスナップなぞを。

昭和50年前後の頃かと思います。


あえて、変換されたままで、なにも手を入れず、

基本、空と草に色がついた程度の結果。


そうは言っても、自動で、空と草をきっちり認識しているのは、

すごいなぁ…と。


当然だけれども、

旧国のスカ色や湘南色とか、

転轍機の標識とか、

そんなもんの色は認識せず。




さてさて、話をパチリの方に移すと、

今は橋上駅になったらしい(現物を自分は見ていない)西富士宮駅、


この頃は、ホームの富士方から構内踏切で駅本屋につながる、

のどかな駅でした。


富士~西富士宮の区間運転は、

この頃もそこそこあったので、

旧国の4連が、そこそこ頻繁にやってきたり。


留置線には、80系らしき編成が留置中。

創価臨なぞ、富士宮に収まりきらない列車がよく留置されてたけれども、

見た感じ、そんなに長編成でもなく、

場所柄、静岡区の80系が、なんらかの理由で来た模様。


パチリされている80系の先頭は、どう見てもクハ85。

サハ・サロ改造のクハ85は静岡区には確か2両しかいなかったので、

結構貴重なパチリかも…と今更ながら思ったり。


それにしても懐かしいですなぁ。

久しぶりの懐かしシリーズでした。



■#001
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  1. 2016/07/13(水) 11:34:02|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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谷山電停

20141110-01.jpg
#001


飯高寺の記事を続ける予定でしたが、
臨時に割り込み、
懐かしシリーズを1回挿入。


というのも、
リンクさせていただいているKyo-toさんのブログで、
その昔、自分のいた鹿児島は谷山電停の写真が出てきたので、

そういえば、昔、谷山の電停でパチリしたことあるなぁ~…

と、過去ネガのスキャン済みの中から引っぱってみた次第。




自分の記憶に間違いがなければ、
昭和50年代の中頃、

その当時、中古で手に入れたばかりのオリンパスOM-2の、

ダイレクト測光機能を喜んで、
早速夜景の長時間露光の試し撮りにいったときのパチリのはず。


20141110-02.jpg
#002


谷山の電停は、
ちょうどこの頃に、新装なって綺麗になったばかりだったか…

改装前は、木造の、いい感じの上屋とかがあったように記憶してますが、

写真の通り、ちょっと立派なバス停よろしく、

鉄パイプに波板の、普通の電停になっちゃいました。



20141110-03.jpg
#003



一応、デンシャの終点ですから、
もうちょい、それっぽくてもいいかなと思いますが、


この開放感バリバリの感じは、

やっぱ南国仕様なんでしょうね。


ただ、当時から、国鉄(JRではない)指宿枕崎線の谷山駅まで、
路線を延伸する「噂」はあったので、

それを考慮したのかもしれませんが…

いまだデンシャは永田川を渡ることはできませんなぁ。






久しぶりに40年近い昔の写真を見返してみた訳ですが、

写っている範囲で、そんなに昔々していないのが、
意外でした。

ちなみに、写っている電車2種のうち、

600形は、いまだ現役、
800形は、車体はお払い箱になりましたが、
機器は、9500形で再利用、生きながらえていたり…



以上、突然割り込みの懐かしシリーズでした。



■#001・#002・#003
詳細省略じゃなくて不明

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  1. 2014/11/10(月) 01:55:39|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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DML30

20130724-01.jpg
#001


いやー久しぶりに鉄ネタ記事であります。

といっても、写真は、古い古い、それもついで写真…



昭和54年、山口線でSLやまぐち号が復活しました。
まぁ、国鉄でSLの運行が終焉して、
現在の復活SLの定期運行が始まった、
その最初ですね。

NOBUNOBUはそんな昭和54年の7月、
8月1日からの営業開始に先立つ試運転を見物に、
津和野まで行っておりましたので、

写真は、多分、当時の津和野の転車台と思われます。



冒頭、ついでの写真と言ったのは、
ネガを見ると、このあとに、C571が転車台に乗っているカットがあるので、
まぁ、その前に、
通過した、特急おき号を適当に撮ったものかと…



さてさて、前置きが長くなりましたが、
今回の主役は、この特急というか、気動車、
そうキハ180系気動車…



…ではなくて、

この気動車で使っている、

通称DML30系ディーゼルエンジンなのでありました。





というのも、
このところ、JR北海道で頻発するトラブル、

それもエンジントラブルというか駆動系のトラブルが多いように思いますが、

その中で、特に問題とされた旧型の車、

つまりは国鉄時代からの生き残りのキハ183系気動車、

それらが載せているのが、



写真のキハ180系気動車あたりから使われている、
DML30系列のディーゼルエンジンなのでした。




さて、いきなりですが、
日本は、
鉄道車両用の床下搭載内燃機関、特にディーゼルエンジンに関しては、
はっきり言って、技術レベルは、芳しくはありません。


クルマのエンジンはこれだけ優秀だし、
トラックも沢山走っているし、
造船大国でもあるし、


ディーゼルエンジンの技術が、劣る訳がない…

そもそも日本の工業技術であれば、そんなことになる訳がない…

普通にそう思うと思いますが、
残念ながら…なんです。



鉄道車両の床下機関は、非常に面倒な環境にあります。

天地が極端に制限される空間に、
大出力で、耐久性や、整備性を考慮した機関を作らなければなりません。

船舶のエンジンに比べれば、
スペースは制約が大きく、

特に天地方向を低くするために、シリンダーを水平方向に配置すると、
潤滑などにノウハウが必要です。

ちなみに、DML30系の前に国鉄が開発していた、
DMF31系というエンジンがあるのですが、
これは、潤滑の問題が、一つの原因になって、
床下機関は開発失敗、放棄されました。
(スペースに余裕がある機関車用で発展しましたが…)

トラックのエンジンと比較すれば、
20年、30年と使用する鉄道車両用としては、
基本の耐久性が求められるし、

特急用ともなれば、
高速運転の連続、

勾配線区も考慮すれば、
高負荷連続運転も考慮しなければならない。



そんな技術的な背景で生まれてきたのが、
DML30系エンジンなのでした。

ちなみに、これ、
当時の社会背景やら、
ダイヤ改正のお家の事情やらで、

かなり性急に開発された感がするエンジンでして、
基本設計からかなり怪しい…

そんな訳で、

・そもそも抱える各種の問題
・問題を解決できないので、結局デチューン
・ますます燃費悪化

などなど…



ちなみに、このDML30系エンジンが、
いかに駄目駄目なエンジンなのかは、

wikiあたりで『DML30』と検索していただければ、
詳しい記述があります。

wikiをなんの疑いもなくすべて信じるのは危険ではありますが、
NOBUNOBUとしては、

これまでに発生してきた事象などから、
大筋、同じ見解。



そんなエンジンが、
ここのところ、JR北海道で、
トラブル発生、

同型の車両の使用を停止する事態になってしまっている訳です。


さてさて、このちょっぴりお守りが大変なエンジン、
つい最近まではJR西日本でも使われていたのに、
なぜ、JR北海道で急に問題多発なのか…


新聞記事などを眺めていますと、
ボッシュ社製の部品に問題があるような、
そんなことみたいなんですが、


根本の原因は、

高速で長時間連続運転を行う、
JR北海道の環境に、

基本的に素性のよくないDML30系エンジンが、
そろそろ限界…

そんな風に思います。


限界といっても、
機械的、物理的な寿命といった限界もそうですが、

燃料供給量の調整一つでも、
かなりメンテナンスに手間がかかるというか、

各所に職人技的技能が要求されるように見受けるので、

整備の合理化の流れの中で、
人的な整備技術と、整備時間の限界でもあるのでは…



こっちの限界の問題が大きいのでは…と推測します。



マニュアル化の流れの中で、
職人技をいかに取り込めるのか、

相応に必要な時間を、いかに効率化できるのか…

ハードルは高そうです。






メンテナンスフリーの自動車が当たり前で、
新幹線を世界に誇るこの国ですが、

こんなことになっているのを、
当のJR北海道が一番驚いているのではないでしょうか…


気動車の、長距離高速連続運転…
国内では特異な環境で、
列車運行を行うJR北海道の、

今後の奮闘を期待したいと思います。


以上、自称内燃動車研究家のNOBUNOBUでした。


■#001
詳細省略じゃなくて不明(笑:多分Nikon F+50mm F2 だと思います)


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  1. 2013/07/24(水) 22:46:19|
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シルエット

20121016-01.jpg
#001

前回の記事で、鉄道記念日とか書きましたが、
最近は(いつの話でしょう)、「鉄道の日」とかに変わったらしく、
これだから、じじーはいかんですな。

さてさて、昔の写真を引っ張り出してきたついでに、もう一枚。


ネタは、これまた昭和50年代(多分)の青梅線。

超有名撮影地である、軍畑の鉄橋を行く、機関車ED16牽引の貨物列車。




この写真、全く記憶にないのですが(爆…だからいつの写真かも思い出せない)、
ネガを見るに、えらく硬調に仕上げてありまして、

推察するに、
シルエットを撮りたかったようです。

まぁ、現代のNOBUNOBUから見ると、
少年NOBUNOBUは、技術が全くなってなくて、

そもそも、シルエットには、明暗差が足りん…
それに、やっぱ真横で狙いなさい…

なんて、つっこみを入れたいところですが、

まぁ、誰も過去の自分に戻ることはできないし…





当時であれば、この調子のネガから、シルエットにするには、
硬調の印画紙だけでは多分無理で、
リスフィルムを使う感じでしょうか…

その昔、新宿のヨドバシに、リスフィルムを買いに行って、
一箱の枚数がえらく多いのしか売ってなくて、
お財布空っぽで、泣きながら、
オレンジの箱を抱えてきたのも懐かしい思い出ですな…




さてさて、それから30年以上の月日が経過しまして、
暗室作業は、PCの作業に変わり、
お手軽さも、飛躍的に向上したので、

現代のNOBUNOBUが、これを料理してみた…

それが、今回の1枚なのでありました。



仕上げに、色々悩んだ末に、

こんなイメージカットに仕上げてみましたが、
どんなもんでしょうね。

セピア色とか、藍色は、
昔から調色剤の定番ですし、

これまでの、写真仕上げでは、
あまり考えない風の色味であって、

一番イメージしたのは、
ポジフィルムの、相反則不規の緑転びの怪しい色。

パステル調も意識して、

個人的に、結構気に入ってます。



こんなのも、時にはいいね。


■#001
詳細省略じゃなくて不明(笑)

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  1. 2012/10/16(火) 04:47:22|
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