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新NOBUNOBU写真談

1枚の写真からの四方山話

エピローグ

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#001  ※画像クリックで拡大できます


南関東に出されていた緊急事態宣言も、

どうやら本日で解除されるらしい。


そんな訳で、コロナによる外出自粛中に始めた、

古いネガのお手軽デジタル化研究の過程の産物による記事も、

今回で一区切りにしようと思っている。



懐かしいネガを目にして、

趣味人としての鉄ちゃん度数もヒートアップし、

ここのところは「おたく度」満載、そんな内容の記事ばかりだった。


趣味人として、そんな部分ももちろんあるし、

アカデミックに研究していることもあるけれど、


パチリは、

現在の自分は、

鉄道に関するモノが写っていれば、それでいい。



そんなことが出来れば良し。

日常の中の一コマを記録するのが楽しい。





以上、前置き。

さて、懐かしネガの中から、今シリーズの最後に選んだのは、

昭和53年の、山口県は宇部線でのパチリ。




山奥でもない、都会でもない、

ましてや絶景でもない…

40年前の、

ありふれた里山を行く、2両の茶色い電車。





今の自分には、こんなのが一番、

しっくりくる。




■#001
詳細不明

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  1. 2020/05/25(月) 11:10:24|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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乗り入れ

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#001  ※画像クリックで拡大できます


引き続き、古いネガから鹿児島編。

今回は、思い切り夜景で見づらくて申し訳ないけれども、ご勘弁を。



現在、都市部では、別の鉄道会社から列車が乗り入れてくるのは、当たり前だけれども、


地方私鉄が今よりも生き残っていた昭和の40年代までは、

国鉄、私鉄のどちらが乗り入れるかの区別はさておき、

季節列車、臨時列車まで入れれば、日本全国で「乗り入れ」は行われてた。


今回のパチリは、

昭和50年代まで残っていた、日本本土、最南端の、その事例。


伊集院から県都鹿児島の西鹿児島駅まで、

定期ダイヤで複数乗り入れていた、鹿児島交通。

国鉄西鹿児島駅に停車中のキハ303。


現代の目で見ると、国鉄の10系気動車の払い下げのように見えるけれども、

キハ100、キハ300と2代続く、国鉄型の自社発注車。



接続駅からほど近い県都まで、

国鉄に乗り入れるために、国鉄仕様の車を造るのは、

今話題の小湊鉄道、キハ200にも共通するところだ。



そんな乗り入れの集客努力もむなしく、

結局、沿線から県都鹿児島へは相当な迂回となる路線では、


県都へ直接、短距離でアプローチできる道路が整備されれば、

その利便性に抗うこともままならず、

最後は水害にとどめを刺されて、


最盛期には、支線を含め路線距離70kmあまりを誇った大私鉄も、

昭和の50年代までしか生き残れなかった。


今、これを思うと、

JR指宿枕崎線の山川より先が廃止されないのは、

奇跡としか思えない。



■#001
詳細不明

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  1. 2020/05/24(日) 13:05:59|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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客レ

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#001  ※画像クリックで拡大できます


前回記事と同じ場所でのパチリ。

このコマは、かなりネガの状態が悪く、申し訳ない。


日豊線の上り客レ、牽引機はDF50の554号機。

連なる旧型客車は、

1両目は、時期的に新製直後のマニ50でしょうか。屋根とかまだピカピカですね。

荷物車を1両挟んで、旅客車は、しんがり以外の前3両が10系客車。


当時、10系の軽量客車が南九州は多い気がしていたのだけれども、

今思えば、

主力の機関車が、本線用としては出力不足気味のDF50で、勾配区間が多い土地柄、

案外10系の軽量なのが好まれてたのかも…

なんて思ったり。


前回、前々回登場した58系の気動車も、

この地では、

1エンジンのキハ28よりも、勾配線区に向けた、2エンジンのキハ58の比率が高かった。



そうそう10系客車と言えば、

当時、座席車でも網戸を装備している車があって、

夏場の夜行では、虫が入ってこなくて、重宝していた。


そんなこと… とか、



この頃は、扉も手動で、走行中も開け放題だったし、

今では、なにか、夢の中のような感じですね。



思い出は、数限りなく。




■#001
詳細不明

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  1. 2020/05/23(土) 15:44:53|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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ローカル急行

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#001  ※画像クリックで拡大できます


前回記事の58系気動車の働く姿を、当時のネガから。

鹿児島県は、日豊本線、帖佐~加治木駅間、別府川の橋梁。


数年後に、日豊線は全線電化を達成して架線柱が林立するのだけれども、

まだ、この頃はスッキリ。



列車は、鹿児島と宮崎を結ぶ、急行「錦江」。

4両の短い編成だけれども、3両目にグリーン車を連結しているあたりが、

ローカルながら、幹線を走る優等列車の証。




この頃は、まだ日本中の津々浦々を、

こんな感じのローカルな急行が走っていたけれども、


今では、すっかり絶滅。


遠い目ですな。



■#001
詳細s不明

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  1. 2020/05/22(金) 15:49:26|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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面構え

20200521-01.jpg
#001  ※画像クリックで拡大できます


前回と同じく、古いネガから鹿児島編。

西鹿児島駅に停車中の58系気動車のお顔。

全国で急行列車として活躍中の、バリバリ現役の頃。


こうやってお顔をあらためて眺めてみると、

現代のスマートな格好良さとはまた違う、

各種のメカニカルな造り込み、


そしてサイドに目をやれば、

優等列車用の専用装備タブレットキャッチャーや、その後ろの保護棒など、

今ではお役御免ながら、当時は現役の装備などなどに、


心惹かれる。



随所が薄汚れているのも、

それは、仕事に勤しむ現役バリバリの証、

ボロな姿ではない。




男の子には、たまらない姿ですな。


男は、永遠に男の子なのだ~ (小沢昭一さん風に…)



■#001
詳細不明

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  1. 2020/05/21(木) 13:33:31|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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寝台電車

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#001  ※画像クリックで拡大できます


引き続きの昔のネガから。


昭和52年の鹿児島本線、上伊集院~西鹿児島駅でのパチリ。

写っているのは、

夕刻まだ明かりの残る時間に西鹿児島を発ち、大阪に向かう、寝台特急「なは」。


食堂車を含む12両編成が走る姿は、

この頃は、まだ「幹線」とか「特別急行列車」といった言葉が、

鉄道の世界で意味があったなぁ… なんて、

じじいは思うのでした。


世界最初の寝台電車(本当は違うけれども…)と銘打って、

華々しくデビューした581・583系電車だけれども、

昼行の特急「有明」であたった時は、

特急なのに4人掛けのボックスシート…


なんて思っていたのは、昔の思い出…


新幹線以外にも、長距離の特急が多数走っていた時代、

そんな座席に4時間、5時間座って旅するのが、

当たり前の時代でしたね。



■#001
詳細不明

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  1. 2020/05/20(水) 14:09:46|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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時をかける写真

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#001  ※画像クリックで拡大できます


コロナで絶賛外出自粛故の古いネガから、引き続き。


ここまでくると、もう適当の極みのパチリなのだけれども、

まぁ、その昔の自分には、

まさか今頃、自分がチョイスするなんて思ってもみなかった…

だろうと、そう思う。


時が経てば、なにが目につくかなんて、誰にもわからない。


さて、パチリは、昭和51年3月の高崎駅にて。

今回は、撮影日などのメモが無くなっていないので、日時はバッチリ(笑)


酷い写真ではあるけれども、興味を引いたのは、

写っている八高線であろう列車が、キハ35系のみで編成された5両編成。

ついでに右端に写っている車もキハ35、それも試作ステンレスの900番台。


この画だけ見ると、当時の八高線は、キハ35系ばかり、

キハ35系天国だったらしい。


さらに興味深いのが、

5両編成の列車のうち、

手前の3両は、新国鉄気動車標準色のツートンカラーで、

4両目は、当時首都圏で塗られ始めた首都圏色、タラコ色のモノトーン。

で5両目が、右端と同じステンレスの900番台と見てとれる。


4両目の首都圏色は、撮影日時と照らして、

少しづつ塗られはじめた、最初期の頃と思われて、これがとても興味深かった。


そんな訳で、お顔に柱が重なっても、

あえてチョイスの1枚でした。



撮ったことさえ覚えていない1枚の写真は、

時をかける。



■#001
詳細不明

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  1. 2020/05/19(火) 12:14:27|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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写真はタイムマシン

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#001  ※画像クリックで拡大できます


20200518-02.jpg
#002  ※画像クリックで拡大できます


引き続き古いネガから。

今回は豪華2枚仕立てで。



場所は都電荒川線の大塚駅。

同じネガに、車体を新造する前後の7000形のパチリが写る。


古い車体のままの7082号車と、新しい車体の7029号車。


ちょうど新旧の7000形が共存していた頃合い。


以下、wikiの7000形の記述から。

旧番号7082→→→→→→→→→→→→→→→→→(昭和53年3月10日車体更新)→新番号7026
旧番号7086→(昭和52年11月26日車体更新)→→→→→→→→→→→→→→→→→新番号7029

とのことらしいので、



旧7082号と新7029号が共存していたのは、

昭和52年11月26日~53年3月10日の間ってことになる。


この期間、自分が都電をパチリできるのは冬休みの間だろうから、

そんな訳で、昭和52~53年の冬休みが撮影日。



頃合いがわかったところで、画をよく眺めてみれば、

1枚目では、右側から1人目、3人目の方が和装。

2枚目も手前の2人の方が和装で、4人それぞれ別人。


昭和50年代前半とはいえ、普段これほど和装の人はいなかったと思うので、

これは正月の頃合いかと。


さらに、祝日ならば都電が日の丸を掲げているはずなので、

元旦ではないけれど… ですかね。



現在、正月の和装といえば、若い方の振り袖が目に付くけれども、

この画では、みなさん妙齢の方。


これは時代の違いなのでしょうか。


そう思うと、あの頃は、成人式に和装はあったけれども、

じゃあ、若い人が正月着るかと言えば、そうでもなかったような…





古いネガを眺める、

そこを起点に色々と調べたり、妄想したり、回想したり…



古い写真は、タイムマシンの入口なのが楽しい。




■#001・#002
詳細不明

テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2020/05/18(月) 17:21:12|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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「鉄道情景の様々な光」
「ディスカバージャパン アゲイン」
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