新NOBUNOBU写真談

1枚の写真からの四方山話

ヌシ

20160723-01.jpg
#001


白黒のカラー化サイトを利用した、

お手軽色付けパチリ、2記事目。



前回、身延線の西富士宮のスナップだったので、

「身延線らしい」をキーワードにチョイスしてみた、

懐かしいパチリ。



どこが身延線らしいか… って、

そりゃ、写っているデンシャが、

身延線のヌシ、クモハユニ44だから。




関西の私鉄が、

やたら立派で俊足のデンシャを次々登場させて、

それに鉄道省として対抗すべく登場した42系の一族なのに、

なぜか、合造車のモハユニ44だけは、

関東は横須賀線に配置。


かの大戦では、

仲間の1両が戦災で廃車。


残りは、混乱を生き延びて、

戦後は、関西の本家筋の仲間の一部も横須賀線にやってきて、

同族の出会いを果たすも、

その後は都落ちして、

分かれて地方のローカル線へ。


最後は全車が身延線に集結して、

身延線でしか見られない、

身延のヌシだった。


そんなデンシャ。


戦前製の旧型国電の魅力のひとつは、

一両一両に、様々な歴史があって、

特に、さきの大戦を乗り越えて、

様々な線区を走ってきた、


そこに、紆余曲折が大概あって、

苦難の人生さながら…


そんな歴史を抱えている… そんなところ。




そういえば、話は変わるけれども、

国鉄の客車や気動車には、

戦後も郵便・荷物と旅客の合造車は新製されたけれども、

電車は戦後の合造車の新製は全然ないような。


改造でもクモハユ74ぐらいしか思い浮かばないけれども、

それも、実際に「合造車」としては使われず、


結局、国鉄の電車で、戦後は、

実質、郵便・荷物合造車は作られなかった。


そんな訳で、

国鉄の路線を走る、

郵便・荷物合造電車として、

クモハユニ44のような、戦前製の合造車には、

形態的な面白さがあった。



郵便・荷物の鉄道輸送が終焉した現在とは、

隔世の感が強い。

遠い目…




■#001
詳細省略

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  1. 2016/07/23(土) 12:23:37|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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カラー化

20160713-01.jpg
#001


リンクをいただいている、

くろくま先輩のブログほかで、

最近、自動カラー化のサイトが流行しているようで、

自分もやってみた。


残念ながら、自分の手元には現役蒸気のモノクロネタはなく、
(山口線の復活試運転、HMなしならありますが…)

先日まで、身延線記事をアップしていたので、

その昔の身延線、西富士宮駅でのスナップなぞを。

昭和50年前後の頃かと思います。


あえて、変換されたままで、なにも手を入れず、

基本、空と草に色がついた程度の結果。


そうは言っても、自動で、空と草をきっちり認識しているのは、

すごいなぁ…と。


当然だけれども、

旧国のスカ色や湘南色とか、

転轍機の標識とか、

そんなもんの色は認識せず。




さてさて、話をパチリの方に移すと、

今は橋上駅になったらしい(現物を自分は見ていない)西富士宮駅、


この頃は、ホームの富士方から構内踏切で駅本屋につながる、

のどかな駅でした。


富士~西富士宮の区間運転は、

この頃もそこそこあったので、

旧国の4連が、そこそこ頻繁にやってきたり。


留置線には、80系らしき編成が留置中。

創価臨なぞ、富士宮に収まりきらない列車がよく留置されてたけれども、

見た感じ、そんなに長編成でもなく、

場所柄、静岡区の80系が、なんらかの理由で来た模様。


パチリされている80系の先頭は、どう見てもクハ85。

サハ・サロ改造のクハ85は静岡区には確か2両しかいなかったので、

結構貴重なパチリかも…と今更ながら思ったり。


それにしても懐かしいですなぁ。

久しぶりの懐かしシリーズでした。



■#001
詳細省略

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  1. 2016/07/13(水) 11:34:02|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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谷山電停

20141110-01.jpg
#001


飯高寺の記事を続ける予定でしたが、
臨時に割り込み、
懐かしシリーズを1回挿入。


というのも、
リンクさせていただいているKyo-toさんのブログで、
その昔、自分のいた鹿児島は谷山電停の写真が出てきたので、

そういえば、昔、谷山の電停でパチリしたことあるなぁ~…

と、過去ネガのスキャン済みの中から引っぱってみた次第。




自分の記憶に間違いがなければ、
昭和50年代の中頃、

その当時、中古で手に入れたばかりのオリンパスOM-2の、

ダイレクト測光機能を喜んで、
早速夜景の長時間露光の試し撮りにいったときのパチリのはず。


20141110-02.jpg
#002


谷山の電停は、
ちょうどこの頃に、新装なって綺麗になったばかりだったか…

改装前は、木造の、いい感じの上屋とかがあったように記憶してますが、

写真の通り、ちょっと立派なバス停よろしく、

鉄パイプに波板の、普通の電停になっちゃいました。



20141110-03.jpg
#003



一応、デンシャの終点ですから、
もうちょい、それっぽくてもいいかなと思いますが、


この開放感バリバリの感じは、

やっぱ南国仕様なんでしょうね。


ただ、当時から、国鉄(JRではない)指宿枕崎線の谷山駅まで、
路線を延伸する「噂」はあったので、

それを考慮したのかもしれませんが…

いまだデンシャは永田川を渡ることはできませんなぁ。






久しぶりに40年近い昔の写真を見返してみた訳ですが、

写っている範囲で、そんなに昔々していないのが、
意外でした。

ちなみに、写っている電車2種のうち、

600形は、いまだ現役、
800形は、車体はお払い箱になりましたが、
機器は、9500形で再利用、生きながらえていたり…



以上、突然割り込みの懐かしシリーズでした。



■#001・#002・#003
詳細省略じゃなくて不明

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  1. 2014/11/10(月) 01:55:39|
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DML30

20130724-01.jpg
#001


いやー久しぶりに鉄ネタ記事であります。

といっても、写真は、古い古い、それもついで写真…



昭和54年、山口線でSLやまぐち号が復活しました。
まぁ、国鉄でSLの運行が終焉して、
現在の復活SLの定期運行が始まった、
その最初ですね。

NOBUNOBUはそんな昭和54年の7月、
8月1日からの営業開始に先立つ試運転を見物に、
津和野まで行っておりましたので、

写真は、多分、当時の津和野の転車台と思われます。



冒頭、ついでの写真と言ったのは、
ネガを見ると、このあとに、C571が転車台に乗っているカットがあるので、
まぁ、その前に、
通過した、特急おき号を適当に撮ったものかと…



さてさて、前置きが長くなりましたが、
今回の主役は、この特急というか、気動車、
そうキハ180系気動車…



…ではなくて、

この気動車で使っている、

通称DML30系ディーゼルエンジンなのでありました。





というのも、
このところ、JR北海道で頻発するトラブル、

それもエンジントラブルというか駆動系のトラブルが多いように思いますが、

その中で、特に問題とされた旧型の車、

つまりは国鉄時代からの生き残りのキハ183系気動車、

それらが載せているのが、



写真のキハ180系気動車あたりから使われている、
DML30系列のディーゼルエンジンなのでした。




さて、いきなりですが、
日本は、
鉄道車両用の床下搭載内燃機関、特にディーゼルエンジンに関しては、
はっきり言って、技術レベルは、芳しくはありません。


クルマのエンジンはこれだけ優秀だし、
トラックも沢山走っているし、
造船大国でもあるし、


ディーゼルエンジンの技術が、劣る訳がない…

そもそも日本の工業技術であれば、そんなことになる訳がない…

普通にそう思うと思いますが、
残念ながら…なんです。



鉄道車両の床下機関は、非常に面倒な環境にあります。

天地が極端に制限される空間に、
大出力で、耐久性や、整備性を考慮した機関を作らなければなりません。

船舶のエンジンに比べれば、
スペースは制約が大きく、

特に天地方向を低くするために、シリンダーを水平方向に配置すると、
潤滑などにノウハウが必要です。

ちなみに、DML30系の前に国鉄が開発していた、
DMF31系というエンジンがあるのですが、
これは、潤滑の問題が、一つの原因になって、
床下機関は開発失敗、放棄されました。
(スペースに余裕がある機関車用で発展しましたが…)

トラックのエンジンと比較すれば、
20年、30年と使用する鉄道車両用としては、
基本の耐久性が求められるし、

特急用ともなれば、
高速運転の連続、

勾配線区も考慮すれば、
高負荷連続運転も考慮しなければならない。



そんな技術的な背景で生まれてきたのが、
DML30系エンジンなのでした。

ちなみに、これ、
当時の社会背景やら、
ダイヤ改正のお家の事情やらで、

かなり性急に開発された感がするエンジンでして、
基本設計からかなり怪しい…

そんな訳で、

・そもそも抱える各種の問題
・問題を解決できないので、結局デチューン
・ますます燃費悪化

などなど…



ちなみに、このDML30系エンジンが、
いかに駄目駄目なエンジンなのかは、

wikiあたりで『DML30』と検索していただければ、
詳しい記述があります。

wikiをなんの疑いもなくすべて信じるのは危険ではありますが、
NOBUNOBUとしては、

これまでに発生してきた事象などから、
大筋、同じ見解。



そんなエンジンが、
ここのところ、JR北海道で、
トラブル発生、

同型の車両の使用を停止する事態になってしまっている訳です。


さてさて、このちょっぴりお守りが大変なエンジン、
つい最近まではJR西日本でも使われていたのに、
なぜ、JR北海道で急に問題多発なのか…


新聞記事などを眺めていますと、
ボッシュ社製の部品に問題があるような、
そんなことみたいなんですが、


根本の原因は、

高速で長時間連続運転を行う、
JR北海道の環境に、

基本的に素性のよくないDML30系エンジンが、
そろそろ限界…

そんな風に思います。


限界といっても、
機械的、物理的な寿命といった限界もそうですが、

燃料供給量の調整一つでも、
かなりメンテナンスに手間がかかるというか、

各所に職人技的技能が要求されるように見受けるので、

整備の合理化の流れの中で、
人的な整備技術と、整備時間の限界でもあるのでは…



こっちの限界の問題が大きいのでは…と推測します。



マニュアル化の流れの中で、
職人技をいかに取り込めるのか、

相応に必要な時間を、いかに効率化できるのか…

ハードルは高そうです。






メンテナンスフリーの自動車が当たり前で、
新幹線を世界に誇るこの国ですが、

こんなことになっているのを、
当のJR北海道が一番驚いているのではないでしょうか…


気動車の、長距離高速連続運転…
国内では特異な環境で、
列車運行を行うJR北海道の、

今後の奮闘を期待したいと思います。


以上、自称内燃動車研究家のNOBUNOBUでした。


■#001
詳細省略じゃなくて不明(笑:多分Nikon F+50mm F2 だと思います)


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  1. 2013/07/24(水) 22:46:19|
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シルエット

20121016-01.jpg
#001

前回の記事で、鉄道記念日とか書きましたが、
最近は(いつの話でしょう)、「鉄道の日」とかに変わったらしく、
これだから、じじーはいかんですな。

さてさて、昔の写真を引っ張り出してきたついでに、もう一枚。


ネタは、これまた昭和50年代(多分)の青梅線。

超有名撮影地である、軍畑の鉄橋を行く、機関車ED16牽引の貨物列車。




この写真、全く記憶にないのですが(爆…だからいつの写真かも思い出せない)、
ネガを見るに、えらく硬調に仕上げてありまして、

推察するに、
シルエットを撮りたかったようです。

まぁ、現代のNOBUNOBUから見ると、
少年NOBUNOBUは、技術が全くなってなくて、

そもそも、シルエットには、明暗差が足りん…
それに、やっぱ真横で狙いなさい…

なんて、つっこみを入れたいところですが、

まぁ、誰も過去の自分に戻ることはできないし…





当時であれば、この調子のネガから、シルエットにするには、
硬調の印画紙だけでは多分無理で、
リスフィルムを使う感じでしょうか…

その昔、新宿のヨドバシに、リスフィルムを買いに行って、
一箱の枚数がえらく多いのしか売ってなくて、
お財布空っぽで、泣きながら、
オレンジの箱を抱えてきたのも懐かしい思い出ですな…




さてさて、それから30年以上の月日が経過しまして、
暗室作業は、PCの作業に変わり、
お手軽さも、飛躍的に向上したので、

現代のNOBUNOBUが、これを料理してみた…

それが、今回の1枚なのでありました。



仕上げに、色々悩んだ末に、

こんなイメージカットに仕上げてみましたが、
どんなもんでしょうね。

セピア色とか、藍色は、
昔から調色剤の定番ですし、

これまでの、写真仕上げでは、
あまり考えない風の色味であって、

一番イメージしたのは、
ポジフィルムの、相反則不規の緑転びの怪しい色。

パステル調も意識して、

個人的に、結構気に入ってます。



こんなのも、時にはいいね。


■#001
詳細省略じゃなくて不明(笑)

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  1. 2012/10/16(火) 04:47:22|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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デフォルト

20121013-01.jpg
#001


鉄道記念日を前にして、
昔の写真なぞを引っぱり出してきました。

写っているのは、ネガの前後から判断して、

中央西線の急行、奈良井駅付近かと思います。

急行名はわかりませんが、「きそ」とか、そのあたりだったかも。
当時は、ダイヤ改正のたびに、急行がL特急に変わった時代で、

確か、残り少なくなった急行…と思って、
カメラを向けたような記憶があります。


列車は、165系の端正な8両編成、
グリーン車も連結していて、グリーン帯も確認できるので、
昭和も50年代の中頃以前ですね。

先頭のクモハ165は、もちろん原型で、
目玉も大きいまま…


私、個人的に、
こんな急行が普通に全国を走っていた…

急行型の電車や気動車が、まさに急行として、
全国津々浦々を走っていた時代が、

「デフォルト」の時代です。


この中央西線には、
ローカルには、旧型電車の80系が使われていましたが、
まだまだ、戦前製の旧国も、各地に残り、

非電化区間では、10系の気動車が、
まだまだ、バリバリ現役でした。


そんなことを、つらつら書きながら、
最近の、各種復活イベントで、これはちょっと…と思うのは、

旧塗装の復活…
それも、その車が纏った事のない、旧塗装をするのは、
どうも好きになれません。

時代考証を無視して、インテリジェンスを感じない…

カラーリングは、車体の意匠と一体のものだから、
「色」だけの復活って、どうも、個人的に馴染みません。



逆に、そういうところに、こだわりを持ったりしてると、
「おっ」と思って、ニヤけてしまったり。

秩父鉄道の1000形電車、ご存知、旧国鉄の101系電車ですが、
国鉄時代のリバイバルカラーに塗り替えられて、

橙色、黄色、水色、黄緑色が揃いました。

そこで、黄緑が、前面に黄色の警戒帯つき…


そうですよね~
黄緑の代表、山手線で101系は、黄緑では走らなかったので、
(黄色では走りましたが…)

101系の黄緑といえば、関西線の色。

その時は、前記の黄色の警戒帯がついていました。


安易に山手線風に黄緑一色にしなかった…

「リバイバルカラー」のこだわり…というか、
きちんと歴史考証しているのに、好感。


JR東の185系、

妙な古いカラーリングが、
本来のリバイバルカラーの「ストライプ」よりも先に登場とか、

なんか、違うような気がしてならんのです…



以上、鉄道記念日を前にして、
オヤジの愚痴でした。


■#001
当時の機材から予想して、多分ですが、
Nikon FTN+KOMURANON 135mm F2.5

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  1. 2012/10/13(土) 06:22:22|
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30ウン年前

20110508-01.jpg
#001


30ウン年前に撮った鹿児島市電の写真。

ここのところ写真をいじって遊んでいる延長で、
本当はこんな風に撮りたかったんだろうな~風にしてみました。

当時、自宅から、どうやってここまで来たか覚えていませんが
(多分自転車でしょう…)
車を入れたくないので、
始発電車の時間から、それも休日の早朝に、
この場所に陣取っていたことは覚えていますね…


まぁ、中学か高校生の頃だと思うのですが、
こんな構図で撮ろうと思ったところまでは、
我ながら褒めてつかわすところなのですが、
光の状態の選択までは、配慮が行き届かず…

まぁ、学生で貧乏だからモノクロ写真だし…(爆)
着色 by 現在のNOBUNOBU(笑)



30数年前の風景…
鹿児島市電も、架線柱のセンターポール化が進んでいるし、
景色も大きく変わっているんでしょうね…


自分も少しはレベルが上がっているかもでした。
遠い目…


■#001
多分、Nikon F+NIKKOR-H Auto 50mm F2
NEOPAN SS
※この頃は、フジが社員用に販売していた白箱のフィルムを
大量に購入、使っていました(遠い目…)

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  1. 2011/05/08(日) 03:43:26|
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畏怖

20110131-01.jpg
#001


霧島の新燃岳が火山活動を活発化して、
周辺で、様々な影響が出ている。

そんなことで、今回は、懐かしシリーズの写真を。
昭和50年代の鹿児島市電の後姿。

古いネガで保存が良くないので、
傷など多いのはお許しを。
スキャンは、この記事でおなじみの、いまいちスキャナー…


で、この写真をひっぱてきたのは、
冒頭のお話の通り火山がらみであります。

市電が盛大に巻き上げている白い煙は、
桜島の降灰。

ボロスキャナーのスキャンムラではありませんよ(苦笑)

この写真を撮った昭和の50年代の桜島は、
火山活動が活発で、ほぼ毎日、周辺ではどこかで降灰。
爆発的噴火もしばしばでした。

そんな桜島の対岸に位置する、鹿児島市街地も例外ではなく、
50万人の鹿児島市民は、灰を降り注ぐ桜島と、
長期間お付き合いをしてきたのでした。

夏場の降灰は、汗はかくし、窓も開けられず、特に最悪…







現在、桜島はかなり穏やかになっているようですね。






当時の鹿児島に住んでいると、

誰も止めることのできない降灰…
春~秋に1回はある…毎年必ず集中豪雨…
そして、毎年襲来する強力な台風…

自然の力の強大さや、
人間が自然の前ではいかに無力で、ちっぽけなのか、
実感できます。

現代よりも、より自然と同居していた、
原始の人々が、自然を信仰の対象とし、
神と崇める気持ちが、よく理解できるのです。


自然に対する畏怖の念…
忘れては、絶対にいけないと思います。


おごる○○…は壇ノ浦に滅ぶんです。


自然の怒りとして、
新燃岳がこれ以上暴れず、
静まることを、ただ祈るのみです。




自然をなめてはいけない…




■#001
Nikon F+KOMURANON 135mm F2.5
詳細不明

※前回まで紹介していたKOMURANONが、
まさに現役だった頃の写真です

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  1. 2011/01/31(月) 23:13:42|
  2. 【鉄道情景】懐かしシリーズ
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